緩和ケアに役立つ:何かをする意欲がわかない時のご家庭での音楽活用法
「何もする気が起きない」と感じる時に音楽ができること
ご家庭で介護をされている中で、大切な方が「どうも元気がない」「何を提案しても首を縦に振らない」「一日中ぼんやりとしていることが多い」と感じられることがあるかもしれません。このような「何もする気が起きない」「意欲がわかない」と感じる状態は、ご本人にとっても、また介護をされている方にとっても、様々な心配事を伴うものです。
音楽は、このような心や体の状態に穏やかに寄り添い、小さな変化をもたらす可能性を秘めています。大がかりな準備は必要ありません。ご家庭にある身近な機器を使って、手軽に試せる音楽の活用方法をご紹介いたします。
なぜ音楽が意欲に働きかける可能性があるのか
音楽を聴くと、私たちの脳は様々な反応を示します。心地よいメロディーやリズムは、心拍や呼吸を穏やかに整えたり、気分を少し明るくしたりすることに繋がることがあります。また、かつて聴いたことのある音楽は、その時の記憶や感情を呼び起こし、過去の楽しかった経験や生き生きとしていた頃の感覚を思い出すきっかけになることもあります。
このような音楽の働きかけが、「何もする気が起きない」と感じている方の心に、ささやかな刺激を与え、少しでも前向きな気持ちや、何かをしてみようという意欲の芽生えを促す可能性があると考えられています。
ご家庭で試せる音楽の活用方法
「何かをする意欲がわかない」と感じている方への音楽活用は、無理強いせず、ご本人の状態や好みに寄り添うことが最も大切です。いくつかのアプローチをご紹介します。
1. 一日の始まりに、穏やかな「目覚め」の音楽を
朝、ベッドから起き上がるのがつらい、そのまま一日中寝ていたいと感じているようであれば、朝食前や着替えを促す時間帯に、穏やかで心地よい音楽を小さく流してみるのが良いかもしれません。
- 選ぶ音楽:
- 明るすぎず、耳障りにならない穏やかな器楽曲がおすすめです。クラシック音楽のゆったりとした曲(例:モーツァルトのピアノ曲、バッハの無伴奏チェロ組曲の一部など)、優しい音色のニューエイジ系音楽、自然音(小鳥のさえずりなど)などが考えられます。
- 少しだけリズム感のある曲を選ぶと、心身の穏やかな覚醒を促す可能性もあります。ただし、アップテンポすぎるものは避けてください。
- 使い方:
- 部屋のBGMとして、会話の邪魔にならない程度の小さな音量で流します。
- 「今日の音楽、心地いいね」など、軽い言葉で触れる程度にし、感想を求めたり、強制したりしないようにします。
2. 過去の良い思い出をたどる音楽
昔楽しかった出来事や、生き生きとしていた頃の記憶は、現在の意欲低下に寄り添うヒントになることがあります。音楽は、そうした思い出を呼び起こす強力な鍵となり得ます。
- 選ぶ音楽:
- ご本人が若い頃や壮年期に好きだった曲、よく聴いていた音楽、流行していた歌謡曲や演歌などが最適です。
- ご家族との共通の思い出がある曲(旅行先で聴いた曲、結婚式の曲など)も良いでしょう。
- 歌詞がある曲は、昔の情景や感情をより鮮明に思い出させる可能性があります。
- 使い方:
- アルバムを見ながら、あるいは昔の話をする際に、BGMとして流してみます。
- 可能であれば、「この曲、昔よく聴いたね」「この歌、一緒に歌ったことある?」などと、優しく声をかけてみます。もしご本人が口ずさんだり、手拍子をしたりするようであれば、それに寄り添います。反応がなくても、ただ流れているだけで心に響くこともあります。
3. 五感に働きかけ、外側への関心を促す音楽
「何もする気が起きない」状態では、外界への関心が薄れていることがあります。自然の音を取り入れた音楽は、視覚以外の感覚に働きかけ、穏やかに外の世界へ意識を向けるきっかけとなるかもしれません。
- 選ぶ音楽:
- 波の音、雨の音、森の音、川のせせらぎなどの自然音や、それらの音を取り入れた環境音楽。
- 珍しい楽器の音色や、民族音楽など、普段あまり耳にしない種類の穏やかな音楽も、新しい感覚を刺激する可能性があります。
- 使い方:
- 静かで落ち着ける時間を選び、目を閉じてゆっくりと音楽に耳を澄ませることを促してみます。「どんな音が聞こえるかな?」「波の音はどんな感じ?」など、具体的な音に意識を向けるような言葉かけをしても良いでしょう。
- 窓の外の景色を眺めながら流すのも効果的です。
実践する上での大切なこと
音楽は、すべての人に同じように、あるいは常に効果があるわけではありません。ご本人のその時の体調や気分によって、音楽の感じ方は変わります。
- ご本人の様子をよく観察する: 音楽を流した時の表情や体の動き(リラックスしているか、落ち着かない様子はないかなど)を注意深く見守ってください。
- 「心地よい」が最優先: ご本人が聴いていて心地よさそうにしているか、嫌がっていないかが最も重要です。たとえ良いとされている音楽ジャンルでも、ご本人の好みに合わなければ逆効果になります。
- 音量に配慮する: 大きすぎる音量は、かえって刺激となり、不安や苛立ちを引き起こすことがあります。聴き取れる最小限の音量で、穏やかに流すように心がけてください。
- 無理強いしない: 音楽を聴くことや、音楽に合わせて何かをすることを強制してはいけません。あくまでご本人のペースに合わせ、自然に音楽がそばにあるような環境を作ることを目指します。
- 効果を焦らない: すぐに目に見える変化が現れるとは限りません。焦らず、気長に、介護の時間に音楽を少しずつ取り入れてみる、というくらいの気持ちで臨むことが大切です。
最後に
「何もする気が起きない」という状態は、様々な原因が考えられます。音楽は万能な解決策ではありませんが、ご家庭でのケアにおいて、ご本人の心に穏やかに寄り添い、日々の生活にささやかな彩りや刺激をもたらすための一つのツールとなり得ます。
今回ご紹介した方法が、ご家庭での大切な時間の中で、少しでも穏やかで心豊かなひとときを作るための一助となれば幸いです。もし、意欲の低下が長く続いたり、他の気になる症状が見られたりする場合は、専門の医師や医療・介護の専門職にご相談されることをお勧めいたします。