緩和ケアに役立つ:ご家庭で「歌う」ことによる穏やかな時間をつくる音楽活用法
はじめに:歌が持つ穏やかな力
ご家族の介護をされている中で、少しでも穏やかな時間をつくりたい、心身のつらさを和らげてあげたい、とお考えになることがあるかもしれません。緩和ケアのアプローチの一つとして、音楽の力が注目されていますが、ただ「聴く」だけでなく、「歌う」という行為もまた、心と体に穏やかな変化をもたらす可能性があります。
歌うことは、特別な準備や知識がなくても、ご家庭で手軽にできる活動です。声に出して歌うことで、呼吸が深くなり、気分転換にもつながることがあります。また、一緒に歌うことは、言葉を超えたコミュニケーションとなり、お互いの心に寄り添う穏やかな時間をつくり出すきっかけにもなり得ます。
この記事では、ご家庭での緩和ケアにおいて、「歌う」ことをどのように取り入れて穏やかな時間をつくるか、具体的な方法をご紹介します。これは医学的な治療に代わるものではありませんが、日々の暮らしの中で心身の安らぎをサポートする一つの方法としてお役立ていただければ幸いです。
なぜ「歌う」ことが心身に穏やかな作用をもたらすのか
歌うという行為には、いくつかの面から心身に良い影響を与える可能性があると考えられています。
まず、歌う際には自然と腹式呼吸に近くなり、深い呼吸を促します。これはリラクゼーションにつながり、心身の緊張を和らげる可能性があります。また、声帯や体の様々な部分を使うことで、軽い運動効果も期待できます。
次に、リズムやメロディーに合わせて声を出すことは、脳に心地よい刺激を与え、気分の活性化や感情の表現を助けることがあります。歌詞に込められた言葉や情景は、思い出を呼び起こしたり、今の気持ちに寄り添ったりすることもあるでしょう。
さらに、誰かと一緒に歌うことは、一体感や共感を生み出し、孤立感を和らげることにつながります。たとえ言葉でのやり取りが難しくても、同じ歌を口ずさむことで、心が通い合う穏やかな瞬間が生まれることがあります。
これらの作用は、特に心身のつらさを抱えている方にとって、少しでも安らぎを感じる時間につながる可能性があるのです。
ご家庭で歌を取り入れるための具体的な方法
では、実際にどのような歌を、どのようにご家庭に取り入れれば良いのでしょうか。特別なことは何も必要ありません。日常生活の中で、無理なく、心地よく続けられる方法を試してみてください。
1. どんな歌を選べば良いか
歌選びは、何よりもご本人(歌う方、あるいは一緒に歌う方)が心地よく感じられるかが大切です。
- よく知っている歌: 童謡、唱歌、昔流行した歌など、馴染みのある歌は安心して歌えます。歌詞を思い出したり、当時の情景が蘇ったりすることも、脳の活性化や気分の安定につながる可能性があります。
- 好きな歌: ご本人がかつて好きだった歌や、思い出の詰まった歌があれば、ぜひ選んでみてください。ポジティブな感情や安心感を引き出しやすいでしょう。
- 穏やかなメロディーの歌: 静かでゆったりとしたテンポの歌は、リラックス効果が期待できます。歌詞の内容も、悲しいものや暗いものよりも、明るく前向きなものや、穏やかな自然を歌ったものなどが適しているかもしれません。
- 無理のないキーの歌: 高すぎたり低すぎたりせず、楽に出せる音域の歌を選びましょう。原曲キーにこだわらず、歌いやすいように調整することも可能です。
CDや音楽配信サービス、YouTubeなどを活用して、様々な歌を試してみるのも良いでしょう。
2. どのように歌うか
歌うことにルールはありません。心地よさを最優先に考えましょう。
- 声の出し方: 大きな声で歌う必要はありません。口ずさむ程度でも、鼻歌でも大丈夫です。無理なく、楽に出せる声で楽しみましょう。
- 姿勢: 椅子に座るなど、楽な姿勢で歌いましょう。呼吸がしやすいよう、背筋を軽く伸ばすと良いかもしれません。
- 音楽の活用: 音楽をBGMとして小さく流しながら、それに合わせて歌うとリズムやメロディーを取りやすいでしょう。歌詞が分からなければ、歌詞カードを用意したり、音楽アプリの歌詞表示機能を使ったりするのも便利です。
- 一緒に歌う: 介護する方が一緒に歌うことは、ご本人にとって大きな安心感につながることがあります。声が出なくても、口元を動かしたり、手拍子をしたりするだけでも、一緒に音楽を楽しむ時間になります。無理強いはせず、ご本人のペースに合わせて寄り添いましょう。
- 楽器を使う: 簡単な楽器(タンバリン、マラカス、鈴など)を手元に置いて、歌に合わせて鳴らしてみるのも楽しい活動になります。手や指先を動かすことは、脳への刺激にもつながります。
3. 歌う時間や場所
歌う時間は、決まった時間にこだわる必要はありません。
- 気が向いた時に: ご本人や介護する方の気分が乗った時に行うのが一番です。無理に「歌わなければ」と思わず、リラックスして取り組みましょう。
- 短い時間から: 最初は5分程度から始め、慣れてきたら少しずつ時間を延ばしても良いでしょう。短時間でも気分転換になります。
- リラックスできる場所で: リビングなど、普段過ごしている場所で、周りを気にせずリラックスできる環境を選びましょう。
歌を取り入れる際の注意点
歌うことをご家庭の緩和ケアに取り入れるにあたっては、いくつか注意しておきたい点があります。
- 体調が良い時に行う: 熱がある時や、ひどく疲れている時など、体調がすぐれない時は無理に歌う必要はありません。ご本人の体調を第一に考えましょう。
- 無理強いしない: ご本人が歌うことに抵抗がある場合は、無理強いは絶対にしないでください。まずは音楽を聴くことから始めるなど、他のアプローチを試みましょう。歌う気分になれない日があっても自然なことです。
- プライバシーへの配慮: ご本人が「歌っている姿を他の人に見られたくない」と感じるかもしれません。安心して歌える環境を整えましょう。
- 効果を期待しすぎない: 歌うことは緩和ケアの一つの方法であり、特定の効果を保証するものではありません。医学的な治療や専門家のケアと組み合わせて行うことが大切です。歌うことそのものを楽しみ、穏やかな時間をつくることに焦点を当てましょう。
おわりに:歌が紡ぐ穏やかな時間
ご家庭で歌を取り入れることは、ご家族にとって、心に寄り添う穏やかな時間をつくるための一つの可能性です。歌うこと自体を楽しむというシンプルな行為が、心身の緊張を和らげ、気分を明るくし、そして何よりも、介護する方とされる方の間に温かい繋がりをもたらすかもしれません。
難しいルールはありません。心地よいと感じる歌を、無理のない形で、ご家族一緒に口ずさんでみてください。その歌声が、日々の介護生活の中に、ささやかながらも確かな安らぎと笑顔を運んでくれることを願っています。
音楽の力は多様です。この記事でご紹介した「歌う」こと以外にも、様々な音楽活用法があります。ご家族に合った方法を試しながら、穏やかな時間を見つけていただければ幸いです。