緩和ケアに役立つ:思い出の音楽で心穏やかな時間をつくるご家庭での音楽活用法
緩和ケアにおける音楽の可能性
緩和ケアは、病気や加齢に伴う様々な苦痛を和らげ、ご本人らしい穏やかな日々を過ごせるように支援することを目指します。身体的な痛みだけでなく、心や社会的な苦痛にも寄り添うことが重要です。
音楽は古くから人々の生活に深く根ざし、私たちの感情や記憶に働きかける力を持っています。緩和ケアの場面でも、音楽を上手に活用することで、心の安らぎをもたらしたり、活力を引き出したり、ご家族とのコミュニケーションを深めたりする手助けとなることが知られています。
特に「思い出の音楽」は、特定の時代の出来事や感情と強く結びついており、聴く人の心に直接語りかける特別な力を持っています。この記事では、ご家庭での緩和ケアにおいて、思い出の音楽をどのように活用できるかについて、具体的な方法をご紹介いたします。
思い出の音楽が緩和ケアに役立つ理由
人が昔聴いていた音楽は、その時の記憶や感情と強く結びついています。たとえば、青春時代に流行した曲、結婚式の時に流れた曲、趣味に没頭していた頃の曲などです。これらの音楽を再び聴くことで、当時の楽しい記憶や前向きな感情が呼び起こされることがあります。
これは「回想」と呼ばれるプロセスであり、過去を振り返ることで現在の自分を肯定的に捉え直したり、安心感を得たりすることにつながります。緩和ケアを受けている方が、過去の良い思い出に触れることは、現在の苦痛や不安から一時的に離れ、穏やかな気持ちを取り戻す助けとなります。
また、思い出の音楽は、ご家族とのコミュニケーションを深めるきっかけにもなります。「この曲、昔よく聴いたね」「あの時、こんなことがあったよね」といった会話が生まれ、ご本人の語りを引き出すことにつながります。これは、孤独感の軽減や、ご本人とご家族双方にとって心温まる時間となります。
ご家庭でできる思い出の音楽活用法
特別な知識や機材がなくても、ご家庭にあるもので思い出の音楽を活用することができます。大切なのは、ご本人の様子をよく観察し、無理なく行うことです。
どのような音楽を選ぶか
最も重要なのは、ご本人が「好きだった」「馴染みがある」「思い出深い」と感じる音楽を選ぶことです。具体的には以下のようなものが考えられます。
- 若い頃(10代後半~30代頃)によく聴いた流行歌や歌謡曲:この時期の音楽は特に記憶に残りやすいと言われています。
- 特定の出来事に関連する曲:結婚式、卒業式、旅行、お祭りなど、人生の節目や楽しい思い出に関わる曲。
- 趣味や仕事に関連する曲:学生時代の部活動、昔の職場でよく流れていた曲、趣味の時間に聴いていた曲など。
- 故郷や家族に関わる曲:地元の民謡、家族でよく歌った歌など。
どのように選べば良いか分からない場合は、ご本人に直接尋ねてみるのが一番です。「昔どんな歌が好きでしたか?」「よくラジオで聴いた曲はありますか?」などと聞いてみてください。もし言葉でのやり取りが難しい場合は、ご家族が覚えている範囲で候補を挙げたり、その方の年代のヒット曲リストを参考にしたりするのも良いでしょう。
どのように聴く・活用するか
音楽の活用方法は、ご本人の状態やその時の気分に合わせて柔軟に変えることができます。
- BGMとして穏やかに流す:リビングや寝室など、落ち着ける空間で、小さめの音量で流します。作業中や休憩時間など、リラックスしたい時に適しています。騒がしい環境では効果が薄れるため、できるだけ静かな時間帯を選びましょう。
- 一緒に歌う、口ずさむ:歌詞を覚えている曲であれば、一緒に歌ったり、口ずさんだりするのも良い運動になり、気分転換にもなります。大きな声が出せなくても、小さく口ずさむだけでも効果があります。
- 音楽を聴きながら語り合う:曲を聴きながら、「この歌が流行った頃、〇〇さんは何をしていたの?」「この歌を聴くと、どんなことを思い出す?」などと問いかけ、思い出を語ってもらいます。無理に聞き出すのではなく、ご本人が話したい時に耳を傾ける姿勢が大切です。
- 写真やアルバムを見ながら音楽を聴く:音楽と視覚的な刺激を組み合わせることで、より具体的な記憶が呼び起こされやすくなります。昔の写真を見ながら、それにまつわる曲を聴くのも効果的です。
- 一日の生活リズムに取り入れる:毎日決まった時間帯(例:午後の休憩時間、夕食前など)に音楽の時間を設けることで、生活に穏やかなリズムをもたらすことができます。
実践上のヒント
- ご本人の反応を観察する:聴いている音楽に対して、どのような表情をするか、手足を動かすか、言葉を発するかなど、反応をよく観察してください。心地よさそうであれば続け、嫌がる素振りを見せたらすぐに止める勇気も必要です。
- 短時間から始める:最初は5分、10分といった短い時間から始め、徐々に時間を延ばしていくのが良いでしょう。
- 音源の準備:ご本人が持っているCDやレコードがあればそれが一番です。最近では、YouTubeなどの動画サイトや、音楽配信サービスでも昔の曲を簡単に見つけることができます。
- 再生機器の活用:CDプレイヤー、スマートフォン、タブレット、スマートスピーカーなど、ご家庭にある様々な機器を活用できます。操作が簡単なものを選ぶと、ご家族も使いやすいでしょう。
- 環境を整える:テレビを消したり、電話の着信音を消したりするなど、音楽に集中しやすい静かな環境を作るように心がけましょう。
まとめ
思い出の音楽は、緩和ケアにおけるご本人とご家族の時間を、より豊かで心穏やかなものにするための素晴らしいツールとなり得ます。過去の温かい記憶を呼び起こし、安心感をもたらし、そして何よりもご家族間のコミュニケーションを深めるきっかけとなります。
ご紹介した方法は、どれもご家庭で手軽に試せるものばかりです。まずはご本人の好きだった曲を探すことから始めてみませんか。大切なのは、音楽の「力」を信じ、ご本人に寄り添いながら、無理のない範囲で日々の生活に取り入れていくことです。
音楽が、皆様のご家庭に穏やかな時間と温かい笑顔をもたらす一助となれば幸いです。ここでご紹介した情報は、医学的な診断や治療に代わるものではありませんので、ご了承ください。